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東京高等裁判所 平成4年(行タ)31号 決定

東京都新宿区北新宿一丁目一九番三号

控訴人

新宿税務署長 川人碩郎

右指定代理人

加藤美枝子

右同

藤村泰雄

右同

本多三朗

右同

田邉誠一

右同

木下茂樹

東京都新宿区西新宿三丁目一五番五-八〇八号

被控訴人

井坂紀子

右訴訟代理人弁護士

小部正治

右当事者間の平成四年(行コ)第二号所得税更正処分等取消請求控訴事件について、控訴人から文書提出命令の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

一  被控訴人は、同人の事業に関する支出(交通費を除く。)を毎月整理して記帳していたノート(昭和五六年分ないし同五八年分)を当裁判所に提出せよ。

二  控訴人のその余の申立を却下する。

理由

一  控訴人の本件申立の理由は、「被控訴人が所持する、(一)同人の事業に関する支出(交通費を除く。)を毎月整理して記帳していたノート(昭和五六年分ないし同五八年分、以下「本件ノート」という。)、(二)昭和五六年分ないし同五八年分の各所得税の確定申告の際に、本件ノートに基づいて作成された元帳(昭和五六年分ないし同五八年分、以下「本件元帳」という。)は、いずれも民事訴訟法三一二条一号に該当し、被控訴人が提出義務を負担する文書であるから、その提出を求める。」というにある。

これに対し、被控訴人は、右文書を提出すべき義務は存在しないし、また、その必要性を欠くから、本件申立は却下されるべきであるとの意見を述べた。

二  当裁判所の判断

民事訴訟法三一二条一号の「訴訟ニ於テ引用シタル文書」とは、当事者の一方が、当該訴訟中で、自己の主張を明確化ないし補強するために、その存在と内容を自発的・具体的に言及し、かつ積極的に引用した文書をいうものと解するのが相当である。そこで、本件について、右のような立場から、控訴人の申立にかかる文書につき、その提出義務の存否について検討する。

1  本件ノートについて

本件訴訟においては、被控訴人の所得額を算定するため、被控訴人が事業に関して支出した経費の金額が争点となっているところ、記録によれば、被控訴人は、平成三年七月一六日付準備書面において、「年の記載のないもののうち、銀座文具店のレシートについては、被控訴人が訪れたところ、いちいち合わせるのが面倒なためレシートに年度は入れていないということであった。しかし、被控訴人は、毎月末ころに領収書類を整理し、記帳していたので、年度が違うということはおこりえない。」旨主張し、原審の本人尋問においても、本件ノートの作成経緯や内容につき供述していることが認められる。

したがって、被控訴人は、自己の主張が正当であること及びその提出した証拠の証明力が高いことの証拠として、自発的・具体的に本件ノートの存在と内容を明らかにし、且つ積極的にこれを引用したものというべきであるから、右ノートは、民事訴訟法三一二条一号の引用文書に当たるものと解される。

ところで、被控訴人は、本件ノートを保管しておらず、現在手元には存在しない旨主張するが、記録によれば、被控訴人は、本件訴の提起後に、本件ノートを基にして平成二年一〇月一日付証拠説明書及び甲第六五号証の一、二、第七四号証を作成した旨平成三年九月二四日の第二二回口頭弁論期日において供述していることが認められるから、そのころまでは、右ノートを所持していたことは明らかであるところ、本件訴訟が現在も係属中であり、右ノートは証拠として重要なものであるから、これを所持していないということは考え難く、被控訴人は、現在も本件ノートを所持しているものと推認することができる。

また、被控訴人は、その主張する経費は全て領収書等の原始伝票によって十分に立証されているから、本件ノートの提出の必要性がない旨主張するが、右原始伝票中には、宛先が上様となっている領収書、レシート、領収書等の裏付けのない出金伝票もあり、その関連性の有無に関する証拠として、その提出の必要性が認められる。

したがって、本件申立のうち本件ノートに関する部分は、理由がある。

2  本件元帳について

記録によれば、被控訴人は、当審における本人尋問において、「昭和五六年分ないし同五八年分の各所得税の確定申告の際に、本件ノートを書き写して本件元帳を作成した。右元帳は現在も存在する。」旨本件元帳の内容及びその存在を認める供述をしていることが認められるけれども、右は、それまで右文書の存在を主張していなかったのに、被控訴人代理人からの質問があったため、これを認めたものに過ぎず、被控訴人において、自発的・積極的に右文書の存在と内容を言及・引用したものということはできない。

したがって、本件申立のうち本件元帳に関する部分は、理由がない。

三  よって、本件申立のうち本件ノートに関する部分を認容し、その余の部分を却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 時岡泰 裁判官 大谷正治 裁判官 小野剛)

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